お仕事の知恵

商売もアートも大切なのは『説明力』である。分かりやすいものには常に価値がある。

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私は、最近よく考えています。

 

どうやったら自分のマーケティング能力を伸ばせるのだろう?と、

 

ていうか、マーケティングの能力ってなんなのかなってよく考えるんです。

 

何故なら僕は、マーケティングがすこぶる苦手で下手くそだから良く考えたいのです。

 

自分で生み出したプロダクトが、

 

ロクに使われず放置されている現場にも非常にuncomfortable(不快)っていうか、

 

こんなことも出来ないで一体俺は何を今までやってきたんだ?

 

と絶望しそうになります。

 

しかしながら、下を向いているわけにはいかないので、勉強するわけですが、

 

結局、マーケティングって『説明力』なんじゃないかなって今はちょっと思っているんです。

 

というのも、前に現代アートの世界で世界的に有名な村上隆さんの本を読んだときに、

 

芸術起業論 (幻冬舎文庫)

 

こういう感じの言葉が書かれてたんですよ。

 

僕は昔から、なぜ、同じようなアート作品でも、価値があるものがあり、価値がないものがあるのか。なぜトイレの便座にサインしただけでアート作品になってしまうのか、非常に不思議だった。でも、アート作品の価値というのは、作品の意味づけや、脈絡や、歴史がお金持ちに理解されることにあり、巨大なお金が動くぞということでメディアでも有名になりムーブメントが起こっていく。つまり、いかに大富豪に意味を分からせるかが大事なんだ。だから、日本のイメージのように、『アートは良く分からないけど凄そうだからアートだ』みたいな感覚的な指標では絶対に価値は生まれない。だから僕は米国では翻訳者と弁護士には高い報酬を払っていた。

 

僕は、村上隆さんの発言する一連の言葉から、すごく大事な発見のようなものを学んだ気がするんですよね。

 

つまり、結局、自分が良いものを作っても売れないってことなんですよね。

 

自分がすごいっぽいものを、すごいクオリティの絵や、巨大な造形物で作ったとしても、そこにどんな意味があるのかお金持ちに理解されなきゃ意味がない。

 

お金持ちも、ある意味、自分の知的好奇心とかを満たしたいという需要があるわけで?その需要を満たすには、なんだか凄そうなものではなく、ちゃんと説明して理解されなきゃ売れない。

 

これは、多分どのような業界でもプロダクトでもビジネスでも同じなんじゃないかなって思うんです。

 

作って終わりじゃなくて、マーケティングまで作り込んで、全く知らない人にも最短ルートで自分たちの良さを分かってもらえる努力が必要で、それは製品の質とかとは全く関係ないんじゃないかって思うんです。

 

だって世の中には、似たようなサービスがコモディティ化してて、ぶっちゃけ製品のクオリティで見ればAndroidでもiPhoneでもどっちでも言い訳じゃないですか?

 

じゃあ、なんで片方は選ばれて、片方は選ばれないかと言われれば、説明が足りないってことだと思うんですよ。

 

なんていうか、お節介すぎるほどの説明、丁寧すぎるほどの説明っていうのかな?

 

例えば、Wikipediaとかいうサイトを見ていて、

 

ネットサーフィンしながら内部リンクを辿っていくと、知らない間にすごい色々と時間が経ってしまってたこともきっとあるはず。

 

あれは、Wikipediaの各々の記事に、網羅的に内部リンクが勢揃いしてるので、どんどん関連記事を読んでしまうんだと思うけど、

 

商品を売ったり、アート作品を売ったりするのにも、このような網羅的で丁寧すぎる説明を過剰なほどにしても良いのではないかと個人的に今思ってるんです。

 

僕が過去にwebサービスなどを開発して、なんとなくサービスの説明ページは作るんだけど、それだけで広告打って全然売れなくて、そんなんで諦めてて、今振り返ってみれば、あまりにも雑っていうか?

 

このサービスを今知らない人には、もっともっと丁寧に網羅的に、説明をしないと自分の言いたいことは伝わらないなって思ったんです。

 

はい、今日はそんな話でした。

 

 

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藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)

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