人生お悩み 哲学

数学なんて学ばなくても困らないけど、数学使いたいって思ったとき、全然使えないんだよね。

0
0

人生というのは、突き詰めて言えば、基本的には自己満足ですよね。

 

例えば、男の子だったら、

 

誰もが少しくらいは、ヒーローや英雄のような人生に憧れを抱くと思うんですけども。

 

少なくとも僕はそうやって夢想したこと、ありますよ。

 

でも、別に自分が偉大な偉人になったところで、別に自分が死んでしまえば、

 

そんなことどうでも良いって言われれば、全く否めないですよね。

 

逆に、例え自分がホームレスとしてダラダラと過ごしてなんにもせずに人生が終わったとしても、

 

死んでしまえば、そんなことどうでも良いですよねと言われれば、まあそうですよね。

 

今、生きていて誰に怒りを覚えようが、誰に羨望の眼差しを贈ろうが、夢が叶おうが夢が敗れようが、

 

たった一言、「だからなんなんだろう?」って考えちゃえば、もう何にもやる気も失せるものです。

 

こういうのを、仏教では悟っていると言うのかもしれません。

 

期待もありませんが、ある意味では悔しさや自己嫌悪や、何かを欲する欲望もないわけで、

 

達観しているとはまさにこのことです。

 

しかし、人生というのはそう簡単にはうまくいきません。

 

今の若者(特に二十代の前半から後半)は無気力な人も多いなんて言って、

 

大志を抱く人が少ないと聞きますけども、

 

多分、少しくらいは欲望はあるはずですし、もし少しでも自分に期待や欲望があれば、

 

もうその時点で、それは絶望とも既に背中合わせなんですよ。

 

ですから、もしも自分の中に少しでもくすぶる気持ちがあって、

 

自分に期待をする傾向があるならば、

 

僕は努力は継続しておいて損はないって思うんですよね。

 

だって、30年後に後悔するより、今、ちゃんと勝負して負ける方が、良いじゃないですか、絶対。

 

昔、僕の高校の数学の先生がこんなことを言ってたんですよ。

 

数学なんて、別に覚えなくてもいいんですよ。だって、使わないでしょ? 電卓でいいし、検索すればいいし、公式使って何を計算することがあるんでしょうね。買い物行ったってそんなもの使わないですよ。でもね、もし使いたいって思ったときは、全然使えないんですよね。

 

まあ、当たり前のことを言ってるような気もするんですけども、

 

僕はこの言葉を聞いて、なんかハッと気がつくもの、あったんですよね。

 

僕は、中学は半分不登校、高校は復活してちゃんと行ったけれど、大学はやっぱり退学し、一時期はフラフラと何もせずにフリーターやってた時期がありました。

 

気がつくのが、僕は全く遅かったんですね。

 

ですんで、もう小学生くらいから何かに向かって努力して積み上げてきた人間に、僕は何にも太刀打ちできる気もしません。

 

ですけども、一寸の虫の五分の魂という言葉がありまして、自分にだって意地はあるんだぞいうという感じで、

 

毎日生きております。

 

でも別に、自分と誰かを比べなくていいのです。 才能っていうのは、自分の力じゃどうしようもないものですんです。

 

ですから、誰かを追い抜こうとしなくていい。

 

勝負は常に自分と戦えばいいですし、競合と争うよりも、自分が生み出せる価値で何を貢献できたかを考えればいい。

 

レースに勝つよりも、レースを走り続けられるか考えればいい、長く走り続ける価値があるのか考えればいい。

 

そうすれば、せめて自分を嫌いになることはないしね。

 

何か偉業を達成しなくていい、何も注目されなくていい、どこの歴史にも乗らなくていい、オチも面白みもなくていい。

 

ただ毎日の習慣を好きで続ければ良いのです。

 

それで、例え全てが失敗しても、その他大勢になるだけで、全然なんてことないじゃないかと思えばいい。

 

少なくとも必ず、昨日の自分と戦い、自分が生み出せる価値にフォーカスすれば、

 

ネガティブな邪念や、誰かから焚き付けられた欲望とは無縁の戦いに毎日挑めます。

 

そうすれば、ある意味では全てを客観的なゲームとして、自分はゲームに参加してるプレイヤーとして、

 

プライベートな心情による不安定な毎日から抜け出せます。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)

センスの身につくwebメディア、kyoka.funを立ち上げました!ぜひ楽しんでください〜 個人Twitterは、https://twitter.com/ryosuke_1997 です。良ければフォローお願いします :)

-人生お悩み, 哲学