人生とは「これでいいのだ」を繰り返す作業ゲームである

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バカボンのお父さんは、「これでいいのだ」とよく口癖で言うけど、この言葉、私はすごく好きなんですよね。

だって人生、「これじゃダメなんだ」と思うことのオンパレードじゃないですか。

隣の芝生はいつだって青いし、イケメンでも長身でもないし、お金持ちでも優秀でもないし、

何かを求めて仕事を頑張ってみるけれども、そんなに楽しくないことも多い上に、

大した成果は上がらないし、このまま頑張ってても成果なんか出るかも分からないし。

ほんっと、世の中ってクソだなと吐き捨てたくなる気持ちだって俺だって分かるわけですよ。

でも、そういう感情から逃げ回ってても、キリがないですよね。

テロでも起こして自爆したって、人生が勿体無いだけですよね、人にも迷惑かけちゃうし。

そういう時に、私はいつも自分に向かって「これでいいのだ」と自分自身と確認作業をするわけですよ。

人生っていうのは、時間が経過すればするほどに可能性が閉じていくものです。

青春っていうのは、いつだって離れていくばっかりなわけで、縋り付いてても仕方がないわけじゃないですか

だから、なるべく早い段階で、自分がどうしても捕まえておきたい可能性だけ握りしめて、毎日手放さないようにするんですよ。

それで、その僅かだけど諦めきれない可能性をしっかりと握りしめて手放さないようにして、

「これでいいのだ」と生きていくのが人生なんですよ。

だってさ、人生を生きてたら、色んな人と出会うし、色んな物事と出会うじゃないですか。

それでその度に、「こっちの方がいいかも」「こっちを選んでおくべきだったかも」「今からこっちに乗り換えようかな」とか思ってら、

全然キリがないですし、ただでさえ僅か希望だったのに、自らの手で歩みを振り出しに戻すって相当バカですよ。

だから、これだと決めたことを、徹底的にやり続ける、別に一つだけ選べって言ってるわけじゃなくて、何個か選んでもいいわけですが、

10個も20個も理想を掲げてられないと思うから、せめて3個くらいに絞るのはどうでしょうか。

それで毎日、同じことを積み上げていることに対する実感に、達成感だったり幸福感を感じるべきなんですよ。

なんと言いますか、俺たちのような凡人は全知全能なわけがないし、世の中は俺らが把握できないところで色々起こってるし、

そんな中で自分だけ取り残されちゃって、俺は全然ダメダメかもしれないとか自己嫌悪に陥って、

その過程で、まだまだ引き続きたくさん失敗して、自分がやってることは、人のためになってんのか謎に思うことがあったとしても、

一回信じた道だったら、それでいいのだと受け入れる覚悟が人生には必要だし、

ぶっちゃけ、大仰な望みが叶わなくたって別に良いじゃないですか、歴史を振り返ってみれば、

すごい人っていっぱいいるし、ナポレオンみたいになる人って、どんな人なのかなって考え出すと途方もないよね。

それこそ何百億分の一とかの世界じゃないですか、ナポレオンみたいに歴史に残る人って。

それってつまり、例え俺らがどんな失敗して絶望したりしても、普通の中に収まっただけであって、減るもんでも無いじゃないですか。

だーかーらー、もし今自分がやってることが、最終的にどこかに繋がればそれは嬉しいけど、

別にどこに繋がってなくても、それでいいのだ。

とにかく、自分には負けないように立ってれば、最終的に勝たなくなって良いんだよと。

そういう感じで毎日積み上げていくと、生きるのが楽になるし、

例え隣の芝生が青く見えたり、あゝ人生何もかもくだらんなと思う日もあるかもしれないが、

映画でもみて、本でも読んで、うまい飯食って爆睡した後には、

もう一回、自分が毎日やってきたことを好きになってみようという感じです。

飽き性って、もう一番やっちゃダメなことだと思うんで。

以上です。

藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)
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