落合陽一さん「今の日本は拝金主義すぎます。拝金主義すぎて、もはや気にならなくなってる」という話を聞いて死ぬほど納得した話

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落合陽一さんの本を読んでて、彼が日本の拝金主義思想に幻惑してるという部分が書いてあったのですが、それを読んで、個人的にすごく納得したんですよね。

 

彼の話をざっくりとまとめますけども、一言一句とは言わないけど、要はこんな感じで言ってました。

 

日本というのは、トレンディードラマに代表されるマスメディアがもたらした害悪があって、それは、拝金主義なんです。

 

今の日本は拝金主義すぎて、結婚相手を選ぶときに、頻繁に最初に出てくる条件は年収ですが、これは拝金主義でしかない。

 

今の日本は、拝金主義がインストールされすぎていて、もはや気にならなくなってきています。

 

僕もお金の話をよくするのですが、それは「お金はたかがツール」だと思っているからです。

 

家に帰ってきて電気をつける、という「電気」くらいに、ビジネスや研究にとってのお金を考えています。

 

しかし、世間にはお金が神様だと思っている人が多すぎます。

 

それはマスメディアのせいです。しかも地上波をつければ、「だれだれの家は豪邸なんですね。10億円ですか。庶民には買えませんね」といった内容の番組がしょっちゅう放映されています。

 

あれを海外で見たら、「なんて低俗なんだろう」と思いますが、日本ではそのような番組が結構あります。

 

そして普段の生活でも、給料の話がとにかく多い。しかし、給料は本質的にはあんまり意味がない単位です。

 

いわば、「私は働いています」と言っているようなものです。

 

もっと役員報酬でものを考える人が増えないと、サラリーマン的な給料の話ばかりになってしまいます。

 

とにかく今の日本は超拝金主義です。この拝金主義を抜け出すためにも、もうちょっと文化性を持つようにしないといけません。

 

まっとうな心を持っていれば、「お金を稼いでいるからすごい」とは思わないはずです。

 

 

それなのに、今の日本では、「お金を稼いでいればすごい」というふうになってしまっています。

 

もともとの日本人は、収入を生むことと生み出す価値と資産はそれぞれ異なったものであって、収入ばかりを考えることはなかったはずです。

 

少なくとも、昭和の一億総中流の時代はここまで拝金主義ではありませんでした。

 

しかし、昭和の終わり前には、拝金主義的な流れがどんどん強くなってきました。

 

僕は六本木の出身ですが、僕の周りでも、「あの子は慶應幼稚舎に行くのよ」といった話ばかりになってきていました。

 

当時はちょうどお受験をテーマにしたドラマをやっていたので、その影響もあったのだと思います。

 

今の日本人は、お金を過度に気にするあまり、大きな自己矛盾を抱えています。

 

今の日本が持っている「内なる拝金主義」は大きな問題です。ここから抜け出さない限り、

 

士農工商などの「価値を中心としたパラダイム」には戻れません。

 

今のままでは、士農工商の逆の商工農士になってしまいます。「商」なんて、本質価値を生み出していないと思ったほうがいいのです。

 

大学生が、好きでもないのに、メガバンクなどの金融機関に就職したがる理由のひとつも、お金が重要だと思っているからです。

 

しかしながら、お金からお金を生み出す職業が、一番金を稼げる(=価値がある)と考えるということ自体が間違っているのです。

 

制度や発明など生産性のあることは何もしていませんし、社会に富を生み出していません。

 

それなのに、金融機関に行きたがる若者が多いのは、マスメディアで洗脳されているからです。

 

ドラマの中に出てくる主人公が銀行で働いている設定だったりするのは、マスメディアで報じられる金持ちへの憧れがあるのでしょう。

 

文化は守らないと存続しないものですし、積み重ねるのにとても時間がかかります。

 

文化とは、人の知の蓄積そのものであって、それは一番価値が高い。人の到達点を文化に変換するからこそ、アート作品は高いのですが、

 

拝金主義の人たちにはバスキアの絵がなぜ100億円もするか市場原理以上の感覚では理解できません。

 

長期戦として文化を育むことが大切ですが、今、まず必要なのは、社会に富を生み出したかどうか、ちゃんと考えることです。

 

社会にどう貢献しているのかを考えるということです。その視点でいくと、きれいに士農工商の順に富を生み出しています。

 

クリエイティブクラスは確実に富を生み出していますし、農は確実にモノをつくっていますし、工もモノをつくっています。しかし、商はモノをつくっていません。

 

ゼロサムでトレードを生業とする金融の人が社会にもたらす貢献は、適正な金融商品が適正な価格になるお手伝いをしていることだけで、それ以外は何もありません。

 

そうしたアービトラージ(裁定取引)もコンピューターがやってくれるようになったら、ますます価値がなくなってしまいます。

 

とにかく、日本はこの「ザ・拝金マスメディア」がつくり出した、過去50年の拝金主義をちゃんと忘却しないといけません。

 

本当は、マスメディアを変えるためにも、ライブドア事件でのフジテレビとライブドアの関係はもっと建設的な議論を巻き起こす必要があったと思っています。

 

今の日本人、昭和の日本人は、イデオロギーなき拝金主義者の群れです。拝金は汚いと思っている一方で確かに、拝金なのです。

 

その上、礼儀と同調を忠として本質を見ない。そうした矛盾は、自分を崩壊させてしまいます。そんな状態ではいつまで経っても幸福にはなれませんし、そんな親が子どもを育てたら、さらに拝金主義の人間ができてしまいます

 

拝金主義を脱して、文化への攻撃をやめさせないとダメだ

 

みたいな感じ。この文章読んで、すごく勉強になったんですよね。

 

僕自身、なんかすごく日本に住んでて違和感といいますか、拭いきれない不快感をすごく感じるのは、おそらくこういう無言の圧力を感じるからなのではないかと思うわけですね。

 

稼いだお金の大きさがどうたらとか、納めた納税金額がどうたらとか、そういう軸でしか話をできない人と遭遇するたびに、「この人たちは文化に対する攻撃者だ」と思ってしまうわけで、

 

そういう人の比率が、日本でもどんどん増えてるんじゃないですかね。残念なことです。

藤沢瞭介(Ryosuke Hujisawa)
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